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日本でも同じですが、戦後のこの時代、人々は住むところも食べるものも十分になく、一日一日を生き延びることが精一杯の生活でした。その反面、不思議な底抜けの明るさもどこか漂う(気がする)時代でした。むろん、道端で死体を見ても誰も驚かないようなそんな時代ですから現実にはそんなきれい事をいえるような状況ではなかったはずですが、しかしそんな時代だからこそ、人々は明るさを求めそれを信じようとしたのです。 「今日はディナーとしゃれこもう」
助けてもらった一家の父親は女房にかくれてちょいと一杯飲むのが楽しみという頼りないけれど気のいい男です。いい連れができたとばかり男を誘います。ディナーというのは実は救世軍の炊き出しのスープの日なのでした。 男はここで救世軍で働いている女性と知り合います。演じるのはカティ・オーティネン(Kati
Outinen)。ユハでも主役で出ていますが、こういった素朴なあか抜けない女を演じて面白い味を出しています。 人々の助けを借りながら、マルック・ペルトラ扮する男は古びた倉庫を借りてそこを自分の住まいにしようと考えます。一癖ありそうな倉庫の持ち主は金には抜け目がないながら、それなりにどこか一本筋は通っているようです。
「とにかく家賃だけはきっちり払ってもらうぞ。なんたって俺はビジネスマンだからな。おれはこれからタリンに行く用があるが、お前が変なマネをしないようにこの犬を見張りにおいておく。いいか、この犬は気が荒いぞ。ヘタなことするとお前の喉首にかみつくぞ」
なんて、けっきょく自分が留守の間に犬を預かってもらう魂胆だったのですね。
「犬の名は?」
「ハンニバルだ」 「家賃を上げさせてもうらうぞ」というのが口癖のこの自称ビジネスマンとマルックとのやりとりはいいですね。二人の男が匂いを嗅ぎあいながら種類を確かめていく。その点、犬は時間がかからない。さっさと男の粗末なベッドにもぐりこんでくつろぎます。(ハンニバルなんて勇ましい名前をもらっていたけど実は雌犬だった) そうこうしているうちに、ある日男は溶接の現場に出くわし、何か心がさわぎます。最初のシーンで暴漢に襲われたとき、男のカバンから何かマスクのようなものが転げ落ちましたが、男の前身はどうやら溶接工だったようです。
「ちょっとやらせてくれないか」
その慣れた手つきを見て親方は早速彼を雇うことにします。熟練工が払底していたのでしょう。とにかく人手が足りない。名前なんかはどうでもいい。ただし、賃金の支払いには必ず銀行口座が必要だとマネジャーはそこだけは妥協できません。男は早速銀行に行って口座を開設しようとしますが、口座の開設には身分証が必要です。
「そこをなんとか」と窓口の女性と押し問答をしているところへ、一人のくたびれた老人が入ってきます。
「わしの金を返せ」
「あなたの口座は凍結されています。出せません」
「出すんだ!」老人はいきなりライフル銃をぶっぱなし、マルックと窓口の女を金庫に閉じ込めてしまいます。 「やれやれ」
さて、どうしようか、と金庫に閉じ込められたかれらは思案します。
この映画では何が起こっても誰もジタバタしないところがいいですね。 なんとか脱出したものの、警察の取り調べを受けることになり、当然ながら自分の名前すらわからない男は不審人物扱いされることになります。しかし、じつはそれがきっかけでのちに男の身元が判明することになるのです。 ディテールばかり書き連ねていますが、この映画の本質のストーリーは救世軍の女性とのロマンスにあります。あまり筋をばらしてしまうと楽しみがなくなってしまいますので、それはどうぞ映画をご覧ください。ここではそのほんの二、三のシーンをご紹介しております。 倉庫の片隅にあったジュークボックスを修理し、バンドの練習していた若者たちに新しいビートを聞かせる男。ついでにいっそ演奏会を開いたらいいじゃないかという提案に救世軍の上司らしき女性も乗り気になります。
「いいじゃない、それ。わたしだってこう見えてもなかなかのものなのよ」
と、このおばさま、自らフィンランドの演歌ともいうべきフィンランドタンゴを披露します。
この歌いっぷりは写実的にものすごい迫力がありました。
貧しい人々にとっては長い間、楽しみのない生活でした。久しぶりの音楽。スープだけでなく娯楽に飢えていた人々はこの催しを歓迎します。男はたんに手先が器用なだけでなく人の気持ちをつかむ術を心得ていたのでしょう。 男はいつか銀行強盗をやらかした老人に出会います。
「あ、出てこれたんだな。いや、この間はすまなんだ。だが、あれはわしの金だ。わしは自分の金を取り戻しただけだ。」
老人はさして悪びれもせず、素直にあやまった後、こう言います。
「ついてはあんたにひとつ頼みがある。」
破産したこの老人は自分の工場に彼を連れて行き、自分がこれまで雇ってきた従業員たちに未払いの給料を渡してきてほしいと頼みます。
男が給料袋を受け取って歩きだしたとき、背後で銃声の音が聞こえます。
それはわかっていることでした。律儀な老人の頼みごとを男は律儀に遂行するだけです。
この老人に扮していた俳優はエスコ・ニッカリ (Esko
Nikkari)。マルック・ペルトラと同様もう亡くなったそうですが、ひょうきんな味のある俳優で,、脇役としてあちこちに顔を出しています。 この映画では男がヌルメスを訪れる場面があります。この町はじつは私の連れ合いのカリの故郷で、私自身すでにもう何回も訪れているところでした。
映画の中でも「ヌルメスって遠いところね。」と女が男にいうように、ヘルシンキから遠いところの代名詞のように使われている北カレリアの小さな町です。なにしろカリが昔、前妻と子供たちを連れて帰省するときにはいつも夜行列車を使っていたというぐらい、今でも特急で6時間以上かかります。
何もない田舎ですが、しかし夏になると目を見張るような美しさに変身します。(といってもフィンランドでは別にヌルメスだけでなく、夏になればどこも美しくなるのですが) ともあれ、この映画は秀作でした。そして期待してその次に見た「ユハ」はさらによかったですね。次回はこの「ユハ」のお話をしたいと思います。 |